経済・政治・国際

2010年6月16日 (水)

はやぶさ と事業仕分け -科学技術予算は無駄なのか?-

前の記事を書いたのは・・・どんだけ昔だよ!

さて、5月くらいからハヤブサのおっかけ状態になって、jaxaのtwitterとか毎日チェック、地球帰還もUSTREAMで生WEBで見ました。

帰還の成功が盛り上がるにつれて、twitterでも新聞サイトでも、はやぶさの地球帰還を絶賛する民主党大臣に「事業仕分けで予算削った超本人じゃねーか」とキツイ批判が浴びせられている。

はやぶさはこれまでにいろいろな成果を挙げ、さらにイトカワの砂まで持ち帰ったらまた世界が大騒ぎ(YouTubeには、今回の地球帰還を報道する海外の映像もたくさんある)だろうけど、今の流れでいうと「はやぶさ2の予算を自力で復活させる」という自給自足(?)の成果すら出しそうだ。

その一方で、「そんなものに150億なんて、意味ない。雇用対策に少しでもまわせ」という反論も根強いとも。

しかし、冷静に考えてみよう。「無駄な予算」とはなんだろうか?

例えば、はやぶさ2の予算が全部で200億円執行されたとする。
それは、生活保護や景気対策の公共事業に200億円使うのと、どの程度違う意味があるか、明確に説明できるだろうか?

人工衛星開発予算200億円のうちの一部は、JAXAで働く人(=労働者)の給与となり、一部はメーカー等へ機器開発費用として流れ、そこで働く人の給与になり、部品費用になる。人工衛星のような一点ものは町工場で作ることもあり、そういうところにもお金が流れる。打ちあげロケット作るにも(その部品にも)金が流れ、打ち上げ作業をする人の給与になり、打ち上げ見物の観光客を引き寄せる。

 雇用対策費よりも「無駄」なのはどこなのだろう????

もちろん、レアメタルのように海外から輸入する物品費もあるだろうけど、全体に占める割合は軽微だろう。

じゃあどんな予算も無駄じゃないかというとそんなことはない。

少なくとも景気と雇用対策という意味で無駄な予算と有益な予算は簡単に区別できる。

それは単純にいうと「お金の回転と効果波及の速さと国内貢献度」である。

200億円が執行され、それが「貯金」になると世の中を動かす力が弱くなる。お金が動いても海外に出て行ったら意味が薄くなる。

例えばお金持ちが高価な宝石買いましたとか、海外に別荘買いましたとか、それはダメだろう。

ナントカ手当てとか個人への給付も、まず給付するという管理事態に時間がかかり、実際にお金が役所から出るまで個人が先行消費することもない。子ども手当てなんか、4割は貯金になりそうだとか。全然消費刺激効果がない(いつかは消費に回るだろうけど時間がかかる)

一方で、公共事業が景気対策として意味があるといわれるのは、それだけの金が払われるという裏づけのもとで「発注」さえすれば、実際にお金が役所から出て行く前に工事業者は労働者を動かし、下請けを動かし、建材を買って工事をすすめるので、お金は経済を動かす力がある。

人工衛星の開発は、明らかに後者の性格が強い。とくにはやぶさ2は目標となりうる小惑星の位置関係から、2014年の打ち上げが必須で、少なくとも2011年から突貫開発が必要といわれている。予算の執行は2011年度になってからであっても、2010年度末に予算が成立した時点からJAXAはガンガン発注するわけで、同じ金額をもたもたと個人にばらまくより経済効果は絶対に高いと思う。

同じ科学技術予算でも、海外から高価な機材を山ほど買ってきて研究するとか、研究者個人に小額ずつばらまきするよりも、かなりの部分が国産である人工衛星開発は経済効果も十分に高いはず。(科学の期待成果の大小は別として)

そこに夢や感動がくっついてくるんだから、200億とか300億とか、予算を組んでもいいじゃないかと思う。

2009年6月17日 (水)

郵便不正の証明書発行は本当に有罪なのか?

※私は日常の文では「障がい者」と書きますが、本記事では他記事や法令等単語との一致を優先して「障害者」と書きます。ご了承ください。

自称・障害者団体「凛の会」(現・白山会)の郵便割引制度の悪用に絡んで、厚生労働省雇用均等・児童家庭局長(すでに前局長?)の村木厚子氏と、障害保健福祉部企画課係長の上村勉氏が逮捕された、という事件。

しかし、いくつかの記事を読めば読むほど、「純粋に法律理論として、これは刑事事件として有罪になるのか?」という疑問を強く感じるようになった。

まず、一寸の虫に五寸釘というブログのこの記事 をチェックしてください。

そうすると、例えば asahi.comのこの記事 において、

・・・村木厚子容疑者(53)を虚偽有印公文書作成・同行使の疑いで逮捕・・・(中略)・・・証明書発行のための決裁文書を偽造した同容疑で逮捕していた元部下で・・・

という文脈は正確ではないことがわかります。決裁文書を「偽造」したなら、虚偽有印公文書作成のほうではなく、公文書偽造のほうの罪であるはず

このあたりは、大阪地検もさすがに専門的にわかっていて、かつ収集している証拠から見ても「偽造」じゃなく「虚偽」でないと起訴できない、ということなのでしょう。

が、さらに踏み込んで考えていると、果たして発行された証明書は「虚偽」なのか?という部分すら怪しいと感じるようになりました。

虚偽ってのは、平たくいえばウソである。

例えば、「厚生労働省は平成21年6月16日をもって、財務省と国土交通省に分割吸収合併されることになりました」っていう文書を、企画課長の公印ついて作ったら、どうやったって虚偽であろう(笑)

でも今回の件はそうではないように思う。

以下の意見は、「そもそも問題の証明書は、障害保健福祉部の企画課が課長決裁・押印で発行するものである」ということを大前提にしているので、「証明書の発行責任者は局長だよー」とかいう話であれば根本的に間違ってます(^^;・・・が、どうもいろいろな記事を見るとたぶん前提は正しいですよね?>ツッコミ希望

本題ですが!

1)そもそも、この課長が証明書を発行する権限者であるということは、「【凛の会】は、郵便割引を利用する資格がある害者団体であると、企画課長として判断・決定しました」という行為そのものは、ナニも問題ない

2)本来は必要なはずの「資料の提出を受けて審査する」手続きをしなかった、とされているが、それが事実だったとしても「事務手続きにかかる内規違反」にすぎないのではないか?つまり、「戒告」とか、そういう処分の対象にはなりえるとしても、決裁・発行権者が「これでOK」と判断したなら、それは「虚偽」とはいえないのでは?

3)発行日付が実際の証明書交付よりも前にさかのぼっているのが問題か?これもNoだろう。「好ましくない」かもしれないが、「実は5月の時点でOKだと認定はしていたんだよ~、紙渡すのが遅れちゃったけど」っていう論理は違法じゃなかろうし、虚偽とも偽造ともいえないだろう。

4)例えば、お金の支出とかだと、担当の課長の他に会計課?とかも審査・押印する仕組みがある(ちゃんと内容見てるかどうかは別 ^^;)はずで、そういう「他の部門」を巻き込んで決裁への押印を強要したとなれば、虚偽どころか偽造の域だろう。しかし、「証明書」なんてものを、問題となった企画課以外の課で「牽制的に審査する仕組み」があったのだろうか?もしもそういう仕組み自体がなく、企画課長がOK出せば証明書が成立する、なんて事務をやっていたとしたら厚生労働省は大問題であるが、どうも、報道などを見る限り「そういう大問題な事務体制だった=企画課以外は証明に関与していなかった」のではないか?そうなると、ますます「俺がOKったらOKなんだよ!そういう権限持ってるんだよ!」って課長が開きなおったら「虚偽の文書」とはいえないのでは?

5)おまけに、勝手に証明書出すんじゃなくてわざわざ部下に決裁を起案させてる。決裁権者が決裁起案を要求すること自体は違法じゃない。そして決裁とセットで証明書を出したのであれば、それは事務手続きとしては「ちゃんと成立」していることになる。

6)しかも、作ったのは「証明」というか、つまりは「認定」である。証明書の内容に、「【凛の会】の実態とは「明確に異なること」を書いた」のであれば虚偽かもしれない。例えば「この会は、xx万人の障害者を支援している」「xxxという表彰履歴もある」「xxxの全国組織でxxxという認定を取得している」とかいう「証明の根拠」として虚偽がいっぱい書いてあって、「以上の事実に基づいて、郵便割引を受ける資格を持っていると証明(認定)する」という文書であるならば、それは虚偽文書かもしれない。でも、おそらく証明書って、文書のタイトルがあって、「【凛の会】は、郵便割引を受ける資格を有する団体であることを証明する」くらいしか書いてないんじゃない?企画課長が「私が、証明します」って公印付いても、虚偽はどこにもない。

・・・・うーん???

でもって、結構ナゾなのは取り調べに対して村木容疑者は「容疑を否認している」のは確かだけど、いくつかの新聞の「関与を否定している」「事実関係を否定している」っていう報道が本当に正確なのか?ということ。

逮捕の前に、村木容疑者は「任意の取り調べ」を受けている。その上で逮捕に踏み切ったのだから、「関与を否定してる」ってことはないんじゃないの?つまり、もともと「容疑を否認している」だけなのに、「関与を否定」とか「事実関係を否定」と類推しただけなんじゃないかという気もする。

村木容疑者が、事実関係を全部認めた上で「私が、【凛の会】を認定したというのは事実であって、それを記載して押印した証明書は虚偽の文書ではないから、容疑は認めない」と主張している可能性もあるのでは・・・・

国会議員に頼まれたことは問題か?・・・これも違法じゃないだろう。誰かに頼まれて現金もらったら贈収賄だけど、報酬なしでやったのなら「倫理的には問題あるけど合法」だろ。

・・・うーん。問題の証明書は「文書として虚偽」であると断定する法的な根拠って何でしょうね

例えば、本当に裁判で「虚偽文書とはいえない」となったとしたら、村木厚子氏には省内処分以外にペナルティを問えないかというと、そんなことはない。

いいかげんな審査で証明書を出されたことによって、郵便事業会社は損害をこうむった(そこまでグルって話もあるようですが(笑))ので、村木氏に対して損害賠償の民事訴訟をすれば、100%村木の敗訴でしょう。もしかすると訴える相手は厚生労働省かもしれませんが、その場合も厚生労働省が敗訴して、その連鎖で厚生労働省が村木氏を訴えるでしょう。

つまり、この件で報道されている内容が事実であるならば、民事訴訟で責任追及はできる のです。

しかし、「犯罪者」として刑事的に有罪にできるのか?というのは・・・どうなんでしょう?

2009年6月 9日 (火)

経済の再失速への時限爆弾となった「過度の景気回復期待」

「景気は下げ止まった」という意見が多くなってきた。

街角景気は5月も改善OECDでも「世界経済のフリーフォールは止まった」と。

日経株価も1万円を回復しそうな勢い、それも一瞬でバブル的に上がるのではなく毎日少しづつ上昇して、いかにも「これからも上昇する」ようなトレンドを示している。

定額給付金も5月になってからは大都市部での給付が始まったし、エコカーやエコポイント施策も本格化、補正予算も成立が秒読み・・・

表面だけを見れば、確かに景気が底入れ「しそうな要素」が山盛のように感じる。

だが、あまりにも危うい。

景気というのは、消費者や社会全体の「空気」そのものに反応して実体が動く面があるので、「イケそうな空気」というのは意外に無視できない効果をもたらすとはいえ、今の景気に対する期待は明らかに過剰だと思う。

1点目は、景気下げ止まりを感じさせる国内指標は、政策の力技による瞬間風速にすぎないこと。

エコポイント、エコカー補助、給付金のいずれも、効果は一巡しか持たない。

エコカー補助は成功したドイツの例に比べると、特に買い替え需要の促進効果はかなり小さい。13年落ち条件?たぶんもうローン終わってるはずなので、補助金があっても「新たな支出負担」が家計に発生するだろうし、では今でもそんな車に乗っている人が「新たな支出負担」に耐えられるような収入が得られる状態だろうか?

その他の減税などもあり、ハイブリッド車などは過去最高の販売台数といっているが、それも一巡してしまえば次の需要はないし、その「一巡」に対応するためだけに自動車メーカーは新規工場など大幅な設備投資なんかしないので、経済への波及効果は極めて限定される。

エコポイントも同じ。それによって作り出される需要は、予算枠に対する倍率(商品価格÷エコポイント率)を超えることはない。たしかに各種家電の売上は制度開始から対前年比で大幅に上回っているが、世界的には需要が減退していることもあって、各メーカーは「単純に生産調整」するだけで需要に応えることができていて、増産投資の話は出ていない。

今年の春闘では景気の先行きが見えず、夏の賞与は昨年に比べて大幅に圧縮された傾向にあるが、それによる需要減退くらいは相殺できるかもしれない。

しかし、産業への設備投資が抑止されている限り、それすらも瞬間的な効果であって、秋以降まで同じレベルの需要が継続するのか?というと極めて疑問だ。

2点目は、世界の回復テンポは日本よりも遅めに推移していること。

GMとクライスラーの破綻処理に関わる需要のマイナスはこれから本格化する。中国は莫大な予算を国で組んで景気刺激をしているが、それだけですべてを補うことはできない。

車や家電などはグローバル経済の需要に依存する状況であって、その需要量はまだまだ2-3年は供給能力を下回るだろう。

国内におけるエコカー、エコポイントによる需要が一巡した後に、それを引き継ぐ需要源がない状態が続く。

3点目は企業経営のベクトル。

08年度には多くの優良企業が赤字転落した。その結果、09年度には「競争力強化のため」「より少ない需要でも黒字を出せる体質にする」などと、どの経営者も緊縮前提の企業運営を迫られている。

つまり、産業需要はそもそも今年度から来年度にかけて大幅に縮小することが避けられない。それは「次に需要が大幅に回復したとき」に、より大きな景気上昇のためには必要なことではあるが、直近の1,2年を見た場合には明らかに景気を抑止する。

4点目は、今の「底入れ」を演出している原資は国の予算であること。

国の予算は基本的に税収に依存する。しかし、もともと日本は恒常的な赤字体質。

補正予算で今年度巨額の国債を追加発行したが、それを来年もするのは難しい。そして昨年度から今年度にかけて企業業績は悪化しているために今年度も来年度も税収はかなり減るはず(税還付などの支出もある)

そうなると、今の施策による需要を消化したら、次に施策的に消費需要を創出するのは極めて困難、ということになる。

5点目は、今後少しづつ、昨年後半からの失職者への失業給付が期限切れになること。

現時点では雇用回復の気配がない(新たな人員削減はしばらくないかもしれないが)

失業給付が止まれば、次は生活保護、となるかもしれないが、失業関係は膨大な積み立てを持つ労働関連の保険金から支出されるが、生活保護は前項でネタにした国の一般会計予算が原資になっているはず。つまり、それだけ今後の政策予算の自由度は減る。

また、こうした失業者からするとそういう状態が長期化すると感じれば、まずは貯蓄であってエコポイントもエコカーもへったくれもない。

世界の動きでいえば、2~3年後にはさまざまな歯車が噛み合って本格的に景気が回復する可能性はあると思うが、問題は「そこまで、政策需要で国内の回復気分を引っ張れるか」だろう。

今は、株価にせよエコノミストにせよマスコミにせよ、あまりにも楽観的すぎて、政策による需要が息切れして「底入れ」したはずの指標が再び下降しはじめたら、それこそ底が見えないネガティブな方向へ一気に反動が来るのではないか?

そうすると企業もいっそうのネガティブ行動に走って、実は世界の景気回復に乗り遅れて「バブル崩壊後の失われた10年」の悪夢を再現しかねない。

5月には久しぶりに倒産件数が前年比で減少し、「中小企業向けのセーフティネットが効果を出した」とか言われているようだが、逆にいえば「需要がない中で融資を運転資金として消耗していて、返済のアテがないまま延命されている」ともいえる。

今の一時需要をつなぐはずの補正予算は、前の記事に書いたような事情もあって、需要をつなぐには力不足だろう。

世界的な景気の底入れ、また「それらの各種要因」による国内の設備投資が上向き始めるのが早いか、一時消費需要がタマ切れを起こすのが早いか?

今の経済状況はそんなギリギリのところにあると思うし、そのあたりの感覚は経済を俯瞰できる立場の人はみんなわかっていると思うけど・・・なんで株価はこんなに好調なんだかさっぱりわからん。

・・・みんな、証券会社のアオリにだまされてないか?(^^;)

2009年6月 2日 (火)

「基金への大盤振る舞い」補正予算に見る問題の本質

Nifty(日刊ゲンダイか?)のこんな記事 に指摘があるように、衆議院を通過した補正予算では「基金」への支出で金額が水増しされているとか、無駄遣いとか、そんな指摘があちらこちらで言われている。

ただ、私は「それは仕方がない」ことであって、「仕方がない」理由そのものが、日本の行政・国政運営における致命的な問題だと感じている。「致命的な問題」とは・・・

政治家の体質?   No。
自民党の体質?   No。
官僚体質が悪い?  No。
業界との癒着?   No。

私が思うに、今の日本には「景気対策予算を、景気対策になるように執行するマンパワーも仕組みもない」のである。

まずは この資料【財務省:平成21年度一般会計概算要求額調】 を見て欲しい。(もっと良い最新の情報があると思うけど、検索が面倒になったので、これで。)

一般歳出は 約47.8兆円。そのうち、義務的支出が34兆円、つまり義務的でない、国が「施策として執行する予算」は、13兆円。

これは一般会計であって、各種の特別会計はまた別の議論になるが、少なくとも一般会計では、予算のほとんどが行政事務そのものを動かしたり、社会保障を含む各種の給付などに「決まって」いる。

で、決まっていること自体も問題は問題なんだけど、むしろ「決まっていないものは13兆円しかない」ということ。

13兆円には、複数年継続の公共事業など、毎年一定の作業が必要で継続しているものも非常に多いだろう。
では、それを予定どおりに執行しながら、「従来と違った予算を10兆円以上執行する」ことは可能なのだろうか?

予算を執行するにはそれなりのマンパワーがいる。

例えば、国の事業は内容によって定められた金額以上だと、すべてWTO調達である(自治体も金額基準は違っても、一定以上の規模だとWTO調達が求められることが多い)。WTO調達ということは、まず入札のための仕様をきちんと策定し(これだけでも膨大なマンパワーが必要だ)、一定期間の公示期間を経るまで、その事業を「誰がやるのか」すら決まらない。落札者が、事業に着手して、下請けや機材を発注するかたちで「社会にお金が落ちる」までにはかなりの時間がかかる。

もちろん、行政の仕組みには「一定の規模で」そういう事務のパワーが織り込まれているが、それは毎年それほど量(前述の13兆円)が変動しないことが前提。

突如として「丸々1年分に相当する新規事業を追加発注しろ」といわれたら、そういうマンパワーは2倍必要になるわけだけど、年金問題のチェックや相談と違って、事業を選別して、仕様を起こして、入札やってというのは高度な専門スキルが必要だし、談合とかを考えると民間へ丸投げもできないから、「臨時に1000人雇用してこういう仕事やらせます」ってわけにいかんでしょ?

「地方へ交付して、地方で使えば」と思うかもしれないが、都道府県や市町村だって今や「通常年の業務以外の新規事業にまわせる人手」なんかない のである。

地方への交付金や、基盤整備とかの基金ができて地方は喜んでいるか?

知事や市長は歓迎だというかもしれないが、役所の人々はパニックであろう。(実際、今までのルールの外にある補助金や交付金については、所管省庁が各地域で使い方や事務手続きの説明会をしたり、専用の(市役所等向けの)相談窓口作ったり、大騒ぎのようである。

人口が多い自治体は、さまざまな仕組みをITシステムに依存しており、既存の制度に手を入れるにもまずシステムの改修から着手しないと業務なんてできないし。

要員がもっとも合理的な費用対効果を発揮するのは、「必要な事務をギリギリでこなせる人数」である。そこへ向けて自治体などは近年、ずいぶん人件費削減を進めている。

そうやって「バッファ」がなくなったところへ「はい、金やるから効果的に使って」といわれてもどうにもならない。

これを読んでいる民間企業の方、想像して欲しい。

あなたの部署に、突如として「今の要員で行使できる予算」の倍の予算を使えと指示が来た。

ただし、その予算は

・無駄に使ってはいけない。
・組織内部の経費に使ってはいけない。
・会社の事業に有効であるように使え。
・現在の下請けや外注先に任意で発注してはいけない。かならず複数の候補を選定し、コンペティションを行って選定すること。コンペティション案件は一定の応募調整期間を設けること
・発注決定した相手側で、不要な形に発注費用が流用されないようにチェックすること
・税務や会計監査等で不適切とされるような支出をしてはいけない。
・今から1年以内にすべて支出と検収を終わること
・なお、本件のために新規の要員を配属・雇用することはない

といわれたら、できますかね?

2008年10-12月期の需給ギャップが25兆円くらいとかいう説があって、それに対応するにも10兆円以上の・・・とかいう議論が先に決まって、ところが行政機関には「継続案件を含めて13兆円の執行パワーしかない」という状況では・・・・・天下り先であろうが無駄と批判されようが、基金という形で「執行する権限とその事務」を丸投げするしかないだろ、って気がします。

たとえば、今後5年間は毎年2兆円使って施策をやっていい、とかいうなら、どこの省庁も自治体も本当に歓迎でしょう。

しかし「景気対策」なので、一気に執行しないと今度は「景気対策の予算なのに、ちっとも発注されない。行政の怠慢だ」とかマスコミは騒ぐでしょうし。

そう考えると、「基金へ叩き込む」のは、「毎年2兆円づつ5年間、やりたい施策に金を使える」わけなので、無理やり発注執行するとの一長一短じゃないかと思います。

もちろん、今回の予算はそういうドサクサにまぎれた「本当に、どう考えても無駄」なものもあるでしょうけど、それ以外の部分の何兆円かを、「景気に効果があるように」執行するには、どうすりゃいいんでしょうかね?使途じゃなくて、執行のプロセスという点で。

今回の予算への批判にしても「もっとこういう用途に」的な指摘はあっても、その用途へ「不適正を防止しつつ、短期間で、資金を流すプロセス」にまで言及されているものはほとんどないように感じます。

そして、恐ろしいのは「これが日本の行政力の限界である」ということ。

ものすごくクレバーでリーダーシップに満ちた首相が突如現れても(爆笑)、強力な内閣ができても、政権交代があっても、そういう政治の世界がどんな施策を打ち出しても、それを執行するパワーそのものがないのだから、事態は何も解決しません。

結局、すでに日本は「公共支出で需給ギャップを埋める」ということが実質的に不可能な国になっているのです。

景気が悪くなったときに取れるのは、以前に記事にしたように「数年のスパンで国が目指す姿」を示して、民間企業がそこへ向かって投資をするように誘導し、その誘導手段として補助金や税制優遇を行う、という政策だけなのだと思います。

2009年4月15日 (水)

トヨタの「減産縮小=増産」の狙い

ふと気が付くと1ヶ月半も放置。それでも毎日アクセスがあるって、検索エンジンは偉大だなぁ・・・・

ということで話はちょっと前、3月の頭にさかのぼる。

昨年後半からの景気の急激な減退に合わせて、トヨタをはじめとする自動車各社が工場に休止日を設けるようになった。

でもって、2月の終わりか3月の頭ごろだったと思うけど、「生産調整の結果、在庫圧縮が進んだので、4月以後は減産を縮小(=今より増産)する」というような報道があった。

事業目標とかではなく、部品生産する各社が必要な量を確実に供給できるように、少し先の目論見を提示することにしていて、その中で出た情報とのこと。

ま、確かに、政府が景気対策するし、アメリカも景気対策するし、ドイツあたりは古い自動車を燃費の良い車に買い替えると補助する(その後、各国にひろまったけど)政策で年明け以後は過去最高の自動車販売とか、そんな話があったし。

もともとトヨタは「カンバン方式」とやらで、必要なだけの車を作ってなるべく部品も(たぶん完成車も)在庫を持たないように努力していたから、生産縮小するとすぐに在庫は解消するんだろうし。

そこまでなら、いいんだけど!

その数日後くらいか? 「販売が回復しているという手ごたえはない」というような、これも何かの記者発表に合わせての会社からのコメント。

ハテ?手ごたえないのに、何を根拠に「減産縮小」しようとしたんだろうか?

そのときにいろいろ考えて、後ろ向きな理由と前向きな理由を1つずつ「ありそう」だと思った。

増産の【後ろ向きな理由】

まぁ、なんちゅうか、部品会社への一種の財政支援?

実際にトヨタへ部品納入していた会社がいくつか民事再生とかになっちゃったみたいだし、部品会社まで一体でノウハウためて車を作るトヨタにとって、これ以上「持ち駒」が消失するリスクが、長期戦略的にまずいと思ったのかもしれない。

どこかを至急買収することも、増産投資も差し迫っていない中で、巨額な内部留保の活用という点では「本体が単年度くらい赤字になっても、競争力の源泉である部品会社を維持する」というのはひとつの戦略といえるだろう。

・・・実際、09年度も5000億赤字になりそうとかいう発表が最近ありましたね。

大企業の「赤字」っていうのは、ある意味で中小企業に対してはプラスの経済効果(収入以上に支出している=その差分は社会への投資ともいえる)という、良い見本です。

増産の【前向きな理由】

これを前向きというかどうか微妙だけど。

トヨタともなれば、日本だけでなく全世界のさまざまな政治、経済動向を把握できる人脈も情報網もあるでしょう。

で、その中の(2月末時点の)「アメリカからの情報」として、

「オバマ政権は、GMとクライスラーの両社が希望する緊急融資に厳しい態度を取る」

という情報が入っていたとしたら?

公式の公表は3月の上旬だったと思いますが、「いっそうのリストラ」「期限付きのつなぎ融資」、さらに最近では「GMはチャプターイレブン(破産法)も考える」とか。

その程度がどのくらいであれ、

・例えば工場閉鎖というリストラによって
・例えば労働組合ともめてストライキ等がおきて
・例えば信用不安から部品会社が納品(売掛)をいやがって
・ましてや破産法等が適用されたり
・有能な幹部が退職したり
・そうでなくても、そちらの対応に経営リソースが割かれるのは確か

つまり、先の情報をいち早く入手していると、GMやクライスラーの「供給・販売力」が、5-6月以後に大幅に低下する可能性が極めて高い という予想は簡単に成り立つ。パイが縮小していても、ビックスリーのうちの2社の供給力がガタ落ちするなら、トヨタが取れる販売量は、パイの縮小率よりずっとダメージが小さい。ならば、「GMもクライスラーもまだ混乱が小さい状態でパイだけが縮小した2月までに比べると、生産量を増やして大丈夫」ってことだ。

逆に、もしも「産業と雇用保護のために、労働組合等を支持基盤とするオバマ政権は国民や議会を説得してGMとクライスラーの存続・雇用維持(=リストラは最小限)を優先する」と情報を得ていたら、政府の資金で事業運営・競争を挑まれる状況になるわけで、いくらなんでも「販売回復の手ごたえがない」状態で増産を決定するわけない んじゃねーか?と思います。

「いや、ホンダのフィットとか、トヨタもプリウスはすごく売れてるじゃん」・・・ハイブリット車は、電池とか普通の車と異なる部品も生産・検査ラインも必要で、部品レベル(自動車産業ってより電器とか、大型リチウム電池とか)を含めると全国の工場休止を大幅に縮小して、その分全部をハイブリットの増産にまわすってのは不可能でしょう。

・・・と、考えて「生き馬の目を抜くっちゅうか、経済は戦争だねぇ」 (((゚Д゚)))ガタガタ
なんて思ってました。

ま、自動車なんていう巨大産業においては、素人にはおよびもつかない「大人の駆け引き」があるんでしょうから、全然違っている可能性のほうが高いでしょうけど・・・(ノ∀`)

2009年2月27日 (金)

JASRACが「踏み外した一歩」-放送事業者との包括契約に独占禁止法違反決定-

少し前に「そういう方向の決定がでる」とされていたとおり、公正取引委員会は「JASRACが放送事業者との間で行っている包括契約は独占禁止法違反」として排除命令を出した。

もちろん、JASRACは「承服できーん!」と徹底抗戦の構えだし、放送局等も今後どうするか「要検討」だという。

まったく何も「独占禁止法」というものを考えなかった場合、「実際に使用した曲を全部管理して、1曲毎に利用料を積算するのは放送局もJASRACも面倒だから、放送局の収入に対して一定の率で使い放題」という包括契約は「合理的」だし、たとえばいくつかの動画サイトが契約している包括契約と、どう違うんだ?とも感じてしまう。

しかし、実は独占禁止法においては、「強者と弱者がまったく同じ仕組みをやると、強者が圧倒的に優位」であるような行為そのものについて、強者だけが「アウト」になるのがミソ。

たとえば、市場において強者である(モノにもよるが、60%とか70%とかシェアを持っていれば強者であろう) A社の商品A1とA2がある。弱者B社の商品B1,B2がある、弱者C社の商品C1,C2がある。A1,B1,C1 と A2,B2,C2がそれぞれ類似性が高く、1 と 2 を組み合わせて利用すると利便性が高いとする。 A,B,Cのそれぞれで、基本的に価格や品質に大きな差はないとしよう。

この状況で、B社が販促戦略として、「B1+B2をセットで買うと割引」とか、B社とC社が連携して「B1、C1のいずれかを買うと豪華景品」とかやっても、何も問題ない。どこかの流通会社と、B社が独占的供給契約(ただし激安)を結んだとしても、「スルー」である。

が、A社が「A1+A2をセットで買うと割引」とやると「イエローカード」だし、それらの流通先に対して「B社、C社の商品置かなかったら仕入れ値を引きますよ」ってのは「レッドカード」である。

なんだかA社にとっては理不尽であるが、独占禁止法というのは「経済取引の自律的な最適化」に任せておくと強者の寡占が進行し、やがて価格決定等で競争原理が働かなくなることで、結果的に消費者の利益を損なう、という結果を「招かないように」、「自律的な最適化」のプロセスに対して法的・強制的に干渉するものだから、強者にとって不平等で理不尽なのは当たり前なのだ。

さて、そうしてみた場合、先の動画サイト等のケースに比べて、放送局がなぜ問題なのか、またJASRACが「やっちまった」致命的な失敗はなんだったのだろうか?

動画サイトの契約との違いは、放送のほうは最初、JASRACのみが管理業務者であり、実質的に全楽曲で放送に関する権利管理はJASRACのみでカバーされていたこと。

動画サイトは法律的には放送じゃないので、放送の許諾とは楽曲管理の委託範囲が異なっていて、JASRACだけではもともと全曲カバーしていない状況の中で、それぞれの管理会社と包括契約をした(そうしないと、使えない曲が出るから)ということになる。

では2点目、「JASRACのやっちまったぁ」であるが、先のリンクにある公正取引委員会のPDFファイルのうち、5ページ目、2(1)の次(2)が致命的だったのではないか?引用すると

平成17年9月下旬,当該協議の場において,民放連から,前記1(5)のイーライセンスの放送等利用に係る管理事業への参入の動きがあったことを受け,民間放送事業者から本件包括徴収により徴収している放送等使用料の額を減額する意向の有無について確認されたが,減額する意向はない旨回答

「放送等利用に係る管理」に競合者が現れ、JASRACだけでは100%カバーできなくなった。放送局としては「それに応じて包括契約の金額計算レートを修正するんじゃないの?」と聞いたらJASRACは「ノー」と言って、そのまま締結になったのだ。

その時点ですでに100%ではなくても、限りなく100%に近い権利を持つJASRACの「ノー」に、放送局は対抗する手段がない。これは、JASRACが「誠実な協議の上の合意だ」とか「理論的にただしい」といっても、独占禁止法の位置づけからは「絶対に認められない行為」である。

JASRACは反論の中で、「JASRAC以外の曲の分だけ減額するには、それらの利用状況を個別管理するしかなく、放送局にとってもJASRACにとってもコスト的不利益が大きい」ということのようであるが、それもダメである。

もともと包括契約は「まぁこのくらい」と定義したものであって、楽曲の利用実績の累積ではない。そんな契約に基づく金額に対して「減額するなら楽曲単位」というのは、自動車を買うときに「タイヤ3個だけにして、1個分安い」とか、「4人乗りセダンの椅子を運転席以外とっぱらって、3席分安い」っていう交渉に近いナンセンスな話だ。

どうせ「まとめて値段」であるなら、その「減額」についても例えば「競争状態が発生して以後に、管理が委託された全楽曲に占めるJASRACのシェアで概算」するだけでも十分に合理的なはずだ。

それでも、100だった価格が99.99になる程度かもしれない。しかし、それで新規参入者には十分なのだ。原著作権者に対して、「うちに管理を委託しても、JASRACと比べてメディアの利用が落ちることはありません、不利は何もないんです」と説得し、管理委託の手数料をJASRACよりも値引きすれば、管理のシェアをJASRACから削りやすくなる。そうしてJASRAC以外への委託が増えれば、JASRACの収入は99.99から99.90になり、99.0になり・・・JASRAC自身も委託者に対してよりよい条件を出し、放送局からの値引き交渉にも応じないといけない、という状況が発生「しやすく」なる。

つまり競争が発生してJASRACが独占していた利潤が放送局や原著作権者へと流れていく。

それこそが独占禁止法が目指す「成果」なのだ。

JASRACは徹底抗戦だというが、勝訴の可能性は「減額を拒否した」という指摘自体が事実誤認であった場合だけ。

その一点だけが事実であれば、その周辺にどんな論理を組んでも、最高裁までやったところでJASRACは敗訴する。

「独占禁止法はそもそも法の下の平等を定めた憲法に違反する」とでも主張する?しかし憲法には「公共の利益」という「個々の自由、平等」より優先する理念があるので、それも絶対無理。

逆に言えば、その「踏み外し」さえなければ、公正取引委員会は排除命令を決定できなかったように感じます。

BDの私的録音録画補償金をめぐるバトルについて

できるだけ新しいことをネタにしたいけど、やっぱり過去へのフォローが必要なこともあって、今日は(医薬品ネット販売に続いて・・・)そんな日です。

2月24日の記事 を書いた後で、関連する情報をGoogleしてみたら、同じココログですが kyojiさんという音楽関係の方の記事を発見、私とは違ったポジションの方の記事が興味深くてコメントしたら、非常に丁寧なレスをいただきました。ネットで1往復ぐらいでは、「言葉の感覚」をすり合わせることも難しいですが、視点の差が見えるだけでも非常に勉強になりました。

で、やっぱりそういう状況で一方的に勉強させてもらうだけでは悪いので、kyojiさんが取り上げている 皆さんへお願いー著作権のありかたについて皆さんのご意見をお聞かせ下さい という、文化庁が示したブルーレイディスクに対する私的録音録画補償金に関する政令改正について、回答を書くべきだろうと思いました。

私が見たのは、

メインとなる文化庁の意見公募(と、そこにリンクされた政令改正案)

JEITAの意見表明

JEITAのページにある2008年6月の経済産業省と文化庁の合意覚書

cultureFirstの意見表明

の4点です。その他、ネットを探せばいろんな情報がありますが、「事実」と「説」と「意見」が識別しきれないので、上記4点以外はあえて見ません。

【私の結論】

JEITA、clutureFirstのいずれの意見も、肝心な部分は「自分たちに都合が良いように、合意を拡大解釈」しているので、その意見全体を支持することはできません。

まぁそもそも合意文書が「一番大事なところ」を先送りして明記していないために、それぞれの団体が、「自分達の支持官庁が自分達への説得に使った文脈・行間の意味」を、相手の団体も認識しているはず、といっているだけと感じます。

でも、そもそもJEITAの論点がおかしいからcultureFirstの反論もおかしくなってる気配があるので、あえていうならJEITAが悪い。

いや、だって肝心の改正案は、「BDレコーダーとBD媒体を私的録音録画補償金の対象とする」でしょ?つまり「モノ」の話。で、JEITAは「アナログを録画するのは対象だけどデジタル録画は対象じゃない」って、「具」の話をしてるでしょ?わけわからん。

録画する時点で、「モノ」は利用者の手元にある、つまり「私的録音録画補償金」は支払い済みであって、どうやって「アナログを録画した」とか「デジタルを録画した」とか、「デジタルしか録画していないから補償金は必要ない」とかいうことを測定・検証する気なんだ???

で、その応えは「アナログチューナーを搭載していない機器は、アナログ録画はできないんだから対象外」という論法らしい。

が、過去に記事にした「ロケーションフリー」をネタにするまでもなく、「他者と差別化したヒネリの効いた商品」を作るのが家電メーカーの競争戦略である以上、「絶対にハズせないナニか」をキー、例えば「とにかくBDに録画する機能」に網を掛けないと、すり抜け放題になるのは目に見えている。

例えば、アナログチューナーがなく、いかなるネットワークにも接続できず、BD以外のいかなる媒体も接続できない。外部インタフェースは「デジタル用アンテナ」と「著作権保護された画像出力コネクタ」と「電源」のみ。

これを対象外にせよ、というなら、わからなくもない。でも何かちょっとでも条件が変われば、その「インタフェース」を通じて「もとはアナログであったデータ」を録画できることになる(例えば「BD内蔵個人用カメラ」とかでも、ビデオの盗み撮りができる)。現実の製品を考えると、「もとがアナログであるデータは一切扱えない」って、ありえないだろう。さらに、開口率とかレーザーの特性を厳密に定義してBDとしろ、とかいってるけど、技術革新によってBDよりすぐれた開口率やレーザーを用いた高密度な光ディスク技術が普及して、コントローラの工夫でBDと互換性を持っている、という場合にそれが対象外になるってのは無理な論法では。

まぁ、そんな感じでJEITA10点、cultureFirst50点くらいですね。

ただし!

私はそもそも「私的録音録画補償金」っていうのがすごくうさんくさい制度だと思っています。何度も書いているように、別にメーカーとか経済産業省の味方ということでなく、著作物を利用する側として納得できません。

私は海賊系コンテンツは一切手元に持ちませんし、誰かにコピー譲渡もしません。著作を行った人に対して敬意を持っていますし、適切な対価を払うことに何も異論はありません。

が、私的録音録画補償金は支持しません。その理由と、「どういう仕組みなら支持できるか」はまたの機会にネタにしたいと思います。

2009年2月24日 (火)

コンテンツという言葉をめぐる同床異夢

2/24 タイトル修正

この日記は自分が考えたことを書いているから、特定の記事を取り上げて批判や突っ込みするのは「あまりにもワラケたネタ」以外はやらないつもりだけど、自分が必ずしも詳しくない分野について、特定の記事を「踏み台」にするのはセーフとさっき決めました(笑)

で、踏み台はこの記事です。

コンテンツへの愛が感じられない経産省 @日経のIT系サイト

記事の中の細かいところでツッコミたいのは、本記事の批判の中核となっている経産省のコンテンツ担当課長の発言を引用して「部分的に正しいがコンテンツに対して冷酷だ」というあたりかな?「部分的に正しい」なら、「この部分は間違っている」と展開して欲しいけど、なんと言うかその点を「すりかえて」、この課長の発言はダメだ、と言ってるような。

しかし、本質的な点でいえばそもそも言葉に対する期待と理解が異なっているのではないかと思う。

「経済産業省のコンテンツ担当」は、「コンテンツ産業」の発展を目的としていると想像すべきであって、それは「クリエイターの隆盛」とは違うものだということ。

例えば経済産業省側では「コンテンツ」には、高解像度でデジタル化された美術品とか、天気や天体など自然環境の記録とか、統計とか、人名録とか、技術、化学、食品、そのほかデジタルに扱えるあらゆる「データ」が含まれると考えるべき。そういう情報を利用しやすく、関連情報を探しやすく、多様な場面で利用できる、そうしてさまざまな形でお金が回ってデータの整備がさらに進む、そんな仕組みやプロセスを含めて「コンテンツ産業」なのであって、「クリエイター」による「文化的コンテンツ」は「多種あるコンテンツのうちのひとつ」でしかなく、「クリエイターが【創る】文化的価値は高いけれど経済的波及効果は大きくない」コンテンツよりも、「プロダクションがメディアミックスプロモーションを駆使して【作る】、軽薄でも経済的波及効果が大きい」コンテンツが重要と考えるのは、省の役割として当然だと思う。

制作費5億円で観客動員100万人でもアカデミー賞になる映画と、

制作費100億円、最先端のCGや音響技術、3D化などをめいっぱい取り込んで、観客動員500万人だけど芸術面の評価はボロクソな映画

が、あった場合に文化庁は前者を重要と考えるだろうし、経済産業省は後者を重要と考えるのが「あたりまえ」じゃないか?

そして、そういう立場からしたら「クリエイターが、産業としての発展(より多くの投資獲得活動、販促活動等)を目指さないのはけしからん」という意見にもなるだろう。

上記の記事でも「部分的に正しい」に対する「誤り」を指摘していないけど、実際にその「発言」を読むと「冷酷」ではあっても「間違ってはいない」ように感じる。むしろ、3つめの発言などは「コンテンツ流通ばかりに金をかけずに制作に投資しろ」というあたり、クリエイターへの「愛」も感じられる。

また、「著作権は、弱い立場の制作側が所得を得るための唯一の拠りどころ」と上記の記事では主張しているが、「弱い立場の制作者の所得」をもっとも多く「横取り」しているのは、コンテンツ流通業ではないのだろうか?あるいは「そういう利権にむらがる、クリエイターの味方の顔をした人(ナントカ協会の偉い人など?)」とか。

例えば、CD1枚を消費者が1000円で買ったとして、「弱い立場の制作者」にはいくらのお金が回るのか?

著作権 印税 率 とググッて見つけた このサイト によると、アーティストの手取りは数%とか。残りはプロダクションや販売店など、コンテンツ流通業や「モノ」としての費用に流れることになる。

私的録音補償金を云々という話もあるが、「クリエイター」を保護したいなら、そんなこと以前に既存の利権構造を「クリエイター」がより多く収入を得られるように転換すべきじゃないか?

その私的録音補償金も、まずその所管団体へ入金され、そこから「一部をその団体自身の活動でも消費する分」があって、次に「●●協会」へ流れて・・・と、「弱い立場の制作者」に分配される前に「各種団体」が多段階で介在して、本当の権利者個人の手取りは半分くらい?

著作権の問題は、「作る側」と「使う側」の対立なんていう単純な図式ではないし、同じ「つくる」側でも「作る側」と「創る側」のどちらを重視するかも違う。

でもって、経済産業省は「作る(製る、といってもよい)」や「流通」を含めた「産業発展」が命題であって、「創る」ほうは文化庁なのだから、経済産業省に「クリエイティブな活動への愛」なんてものを期待するのはそもそも無駄だろうし、その姿勢を「コンテンツ産業を犠牲にしてでも機器メーカーの成長を目指」しているようだ、などとみなすべきでもないだろう。

上記の記事は「英国のICT戦略である「デジタル・ブリテン」で示されたコンテンツ制作側への愛とは真逆」と結んでいるが、その主管は英国の「文化省」なので、そりゃあたりまえでしょー!

2009年2月22日 (日)

「危険な兆候」を知ったのか?自動車業界がワークシェアする本音

不況対策のひとつとして、政治の世界だけでなく産業界の労使とも「ワークシェアリング」を本気で検討しよう、なんていう話が数ヶ月前から出ていて、春闘でも議論しようという動きもある。

しかし、個々の業界で見ると微妙な違いがある。

シャープやパナソニックなどの電器をはじめとして、ほとんどの業界はバンバン派遣社員や期間社員を「雇い止め」なり「途中解約」して、場合によっては工場丸ごと集約とか、そんな動きだ。

一方、自動車業界は「操業停止日を毎月少しづつ設けるが工場集約はナシ。期間工も縮小するけどゼロまでいかない」というトヨタはじめ、マツダ、スズキ、さらには日産も「ワークシェア」の導入を表明するなど、積極的だ。

誰でも感覚的にわかる「その理由」は、

1.自動車業は今回の不況の影響が(金融業と並んで)一番大きい

2.すでに生産縮小がいっぱいで、これ以上のリストラは正社員にかかる(期間契約者も高レベルの人しか残ってない?)

3.製品特性上、社員や工場を一度「リストラ」すると補充が困難

くらいだろうか?「政治的な働きかけや社会的配慮から、率先して雇用維持の規範となっている」っていうのもあるかな?

だが、「何か不穏なモノ」を感じる。

企業というのは昔に比べてステークホルダーが多く、特に海外を含めて投資収益として株式保有する相手がいる以上、「雇用者の削減」ではなく「ワークシェア」をすることは、「収益面での何かの意味」があるとは考えられないだろうか?

それも、家電やハイテク製造系の業界とは異なる「事情」。

ある程度の企業は、長くても月単位では収支の状況を把握している。たぶん、今の時期だと「リーマンショックによる直接的な需要減退」以外に、その「余波」が数字に見えているはず。そこに「自動車業界にとって危険な兆候」があったのかもしれない。

あくまでも想像だけど、トヨタや日産など自動車を売る本体ではなく「金融子会社」に。

「いや、そもそも金融から問題が波及して・・・」と、それは保有する債権や株式などストック上の影響。銀行など自己資本比率が対外的に重要な業界はともかく、自動車会社の金融子会社にとっては帳簿上は損失計上であっても致命傷ではない。

なぜなら「貸出の多くの部分は、グループ会社の製品販売に絡んだリースやローンだから自社の信用力は市場で問題にならない」から・・・・おや?ちょっと待て。

そういう「金融子会社の、フロー部分」はどんな影響があるだろうか?

自動車って、「全額一括払い」よりローンを組んでいる人が圧倒的ではないか?

自動車会社への派遣や期間工として就職している人は、強制されたわけでなくても、その会社の自動車を買って、そのまま金融子会社でローン組んだりしてないだろうか?

他の業界でバンバン切られちゃってる派遣・期間契約社員も、自動車ローンを持っている人は多いだろう。

「リーマンショック」発生からの時差と、春までに数十万人といわれる「雇い止め」で増え続ける失業者。タイミングとしては「滞納率・延滞率」が金融子会社の収支に「じわり」と見えはじめるころじゃないか?

まぁ、いきなりそれで金融子会社が倒産したりはしないだろうけど、需要減退で苦しむ親会社から「資本注入」するハメになりかねない。

1000人の期間工を雇い止めしてしまうのと、「ワークシェア」という言霊を使って「ローンの延滞者を1000人圧縮する」のと、どちらが良いか?という計算が働いたと考えると、なんとなく納得できる面がある。

「家電だってボーナス一括とか分割払いしてるじゃん」・・・ブブーッ!

それは「クレジット会社経由」でしょ?クレジット会社は一種の債権調整・回収代行です。

「50万円の商品を24回払い」にしても、売り手のほうにはその時点で50万の売上が入り、後はクレジット会社が24回に分割して(金利を上乗せして)徴収しているだけ。

だから、家電・電器業界にとっては「自社製品購入促進」というような社内キャンペーンをすると、たとえ社員が分割払いで買っても売上はちゃんと出るし、「ワークシェア」をやっても金融面のリスク改善効果は何もないんです。

部品等の周辺産業との連携を含めて、本来「大規模製造業」として類似性がある自動車業界と電器業界。

最近の動きにおける両者の明確な違いは、そんなところにあって、それが表面化するくらい明確な「兆候」を自動車業界が「つかんでいる」と考えるのは、結構ツジツマが合うように思いますが、どうでしょう?

2009年2月19日 (木)

戦後最大の不況をチャンスにできる政策をしてくれよ!

「国会議員も落選したら失業者」という状況では期待できないのかもしれないが、政治の世界の住人には、やるべき不況対策とやってはいけない不況対策をちゃんと区別して欲しい。

やってはいけない不況対策の筆頭は、公共事業(建設工事だけでなく、IT関係も)の拡大というようなもの。前にも言及したことがあるけど、「不況のときに消えるべき企業を存続させてしまうと産業構造が変革しづらく、供給力過剰な状態のままで景気回復局面に入るから、需要が増えても供給が逼迫しなくて波に乗れない」のだ。

やるべき不況対策は、「10年後にめざす社会を実現するための民間投資を呼ぶ」こと。

例えば、今から10年前、1999年。携帯電話はどんなだったか?インターネットを知らない人も多かった。ブロードバンドは高かった。自動車はプリウスとかなかったし、カーナビは珍しかった。小売関係ではユニクロとかスタバは・・・少なくとも私は存在も知りませんでした。大画面液晶テレビとかすごい値段だったのでは?ブラウン管も多くなかったか?DVD?いや、まだVHSとかも普通じゃなかったですか?

10年間あれば社会はすごく変わることができる。でも、そこへたどりつくまでには技術の確立、規格統一、工場の建設、資材の供給体制、消費者の認知、それぞれに1年の時間差があるとあっという間に10年たつという見方もある。

だから、10年後に「あるべき社会」が今と大きく違うものであるならば、今から民間の投資を動かすように、きちんと「道標」を政治の世界が示すべきだと思う。

例えば環境をテーマにしても、「グリーンニューディール」なんていう包括的な企画よりも「10年後には国内生産自動車の30%は電気自動車(or燃料電池車)にするぞ!乗用車だけでなくトラックもバスもバイクも全部だっ」ということを要求したらどうだろうか?

たぶん、業界は「無理」というだろう。でも「無理」な理由はなんだろうか?

技術が安定していない?関連企業の共同プロジェクトをスタートさせよう。必要な設備やその間の人件費、試作、実験費用はバンバン補助しよう。

部品がない?部品の規格を統一して、まず部品工場の投資を助成しよう。

インフラがない?水素供給ステーションや充電スタンドも、設備の標準化をして毎年の整備目標を作って、その目標達成のために補助しよう。

需要に確信がもてない?まず公用車やタクシーなどの公共用途をリプレースする予算を組もう。購入の補助金も保証する。

とにかく「ニワトリとタマゴ」になっているようなものは、この際がんがん補助金叩き込んででも「回転」をはじめさせることが重要。回転を始めれば民間企業が自主的に投資する規模がどんどん増える。

ちなみに、もしもITの世界で「力技で社会を変える」なら、電子政府なんていういつまでも芽が出ない無駄な取り組みではなく、「地デジ移行」級に明確な目標を設定して「国内IPネットワークのIPV6完全移行」のために、各種の補助事業をぜひ推進して欲しい。IPアドレスの枯渇は現実の危機。機材の多くが海外製品であっても、それらを設置設定し、接続する工事、それらに対応するように各種のソフトウェアを更新する作業など経済波及効果は小さくない。

10年後の農業(というか食料供給)はどうであって欲しいのか。10年後の医療は。10年後の物流は。

「今、何も不便も不満もなく満足」している領域なんて、たぶんひとつもないだろう。ならばどんな領域も10年後には「今とは違った世界」を目指せるはず。

需要刺激策は、「今、供給できるもの」がターゲットになってしまう。定額給付金にせよ、公共工事の強化にせよ。でも、「未来のための投資行動」に対して、それと同額を供給すれば、供給された資金に民間自身の資金が上乗せされて、結果的に「今、供給できるもの」への需要も創出されるはず。

だから、「民間企業を未来へ向けて行動させる」ように政治世界の住人にはがんばってもらいたい。

GDPの落ち込みを受けて、「20兆円規模の経済対策が必要」だという。アメリカでは70兆円の対策を取るという。こういう数字を見ていると感覚が麻痺してくるけれど、少し前にあった、リニア新幹線の建設計画についての報道を探してみて欲しい。

東京から名古屋まで総事業費は「たったの」6兆円である。最終的な予算は膨らむだろうといっても、2倍でも12兆円「しか」かからない。

20兆円とか72兆円が、「今の需要」ではなく「未来を作る」ために使われたら、それはものすごいインパクトをもたらすことができるはず。

業界の支持を取り付けるとか、すぐに有権者ウケする施策とか、そんなんじゃなくて、国は未来へ投資する、そこへ向けて民間企業が投資する、そういう「不況ならではの社会変革」をするには、今は絶好のチャンスだと思う・・・・んだけど、なんせ政治家は選挙に当選しないとフリーターになっちゃうから選挙向け施策が優先しちゃうんだよな。